SHINee is Back

今日の19時にYouTubeおよびVLINEでSHINeeが無料スペシャルライブをするという。SHINee、スペシャル・ライヴ「The Ringtone: SHINee is Back」1月31日に開催決定。カムバックを目前にスポイラー放送を予告 – TOWER RECORDS ONLINESHINee、スペシャル・ライヴ「The Ringtone: SHINee is Back」1月31日に開催決定。カムバッtower.jp

2018年の5月にアルバムを出して、ミノ、キー、オニュが除隊したこのタイミングでのカムバ。今年中にテミンが入隊予定らしいから、またしばらくはSHINeeとしての活動はなくなってしまう。

これまでの活動の想い出なども語るというから、観てみようと思っているのだけれど、4人で活動する姿を見るのは、これが初めて。

わたしがずっと見てきたのは、5人で活動するSHINeeだったので、4人で歌う姿を見て、どう感じるのか自分でもよくわからない。

もともとジョンヒョンを知ったのが2018年の秋で、もういなくなってしまってからずいぶん経った後だったし、リアルSHINeeは5人の時も見ていないのだから、大丈夫だろうと思うけれど、今までも2018年に4人のアルバムを出していたし、MVも見ようと思えばすぐに見られたのに、観られなかった。

2018年にソウルのSMTownに行った時、SHINeeのグッズ売り場にはすでに4人のものしかなくて、それもすごく悲しかった。展示では5人SHINeeの写真がたくさんあったから、癒されたけど。

SHINeeのジョンヒョンを見たのがきっかけだったけれど、実際にはジョンヒョンのソロとラジオばかり聴いていて、SHINeeの歌は全部は知らない。でも、いい歌もたくさんあって、コンサートの動画も好きなのは何度も見ている。だから、新しいSHINeeも見てみたいような気がする。でも、見てしまうと5人のSHINeeは逆にもう永遠に見られなくなるような気もして、なんだか動揺している。

コロナ禍になって、コロナ以前の街の風景とかをドラマで見ると、なんとなく古く、嘘くさく思えてしまうみたいに、4人のSHINeeをリアルタイムで見てしまったら、昔の動画がもうありえなさすぎるものに変わってしまいそうな気がする。

だんだん何を書いているのかわからなくなってきてしまったけど、見る前の動揺を書き留めておきたくなったので、書いてみた。

わたしの好きなSHINee動画を貼っておこう。https://www.youtube.com/embed/9QutJCwbSsk?rel=0https://www.youtube.com/embed/h-Egdk8z8ms?rel=0https://www.youtube.com/embed/00OOt70Cnhs?rel=0https://www.youtube.com/embed/ufIYefQz42w?rel=0https://www.youtube.com/embed/NcLPKsnMQMo?rel=0https://www.youtube.com/embed/473iFQKS8hM?rel=0https://www.youtube.com/embed/UF53cptEE5k?rel=0https://www.youtube.com/embed/904z-RwPJr0?rel=0https://www.youtube.com/embed/2IBr5qD7cvc?rel=0https://www.youtube.com/embed/t6-Wrbe_J8k?rel=0https://www.youtube.com/embed/ICe23w7nnJA?rel=0https://www.youtube.com/embed/An3_BHQHcHQ?rel=0https://www.youtube.com/embed/uQbtuQ2-2WQ?rel=0

★ この曲の、ここが好き【Odd Eye】 – HARUのひとりごと♪♪こんばんは♪♪ 昨日、とーっても嬉しいことがあったので、 書いてもいいですか? 書きますね!←↑ 聞いた意味 先月WOhitorigoto-5.hatenablog.com

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1月・2月は予約制にします

年が明け、緊急事態宣言を受けて、マールは定休日を1日増やし、日曜日も定休日にして、ちょこちょことお店を開けてきました。

今まで商店街を通る人たちに扉を開け続けてきましたが、コロナ禍の今、少し違う形でマールの扉を開けてみようと思います。

そのために一旦扉を閉めます。あかちゃんといっしょの商品を手に取りたい、マールの本棚を眺めて本を選びたいと思ってくださった方は下記の予約フォームから、ご予約いただければと思います。

https://form.run/@riemorning-1611032679

電子書籍ことはじめ

おととし、韓国語の翻訳に興味を持ち、去年翻訳のワークショップに参加したり、翻訳コンクールの課題本を読んでみたりした。

今年も翻訳コンクールの課題本が発表されたことを、以前一緒に韓国語翻訳を勉強した仲間から聞いたのだが、今回は自分の韓国語力のなさに、もう少し韓国語を勉強してからと思って、TOPIKとハングル検定の準備だけにして、翻訳はパスしようかと思っていると書いた。

そうしたら、

「諦めないでください。試験は基礎力をつけるのには重要なんでしょうが、本当の語学力をつけるには小説を読むのがいちばんだと言います。これから女性の翻訳家が数多く求められる時代が来るそうです。いずれも先達の言葉なので信じて下さい(笑)。試しに挑戦してみませんか。」

とのお返事が。本当にそうだ。いいことを言ってくれたとありがたく思い、どんな本なのか見てみることにした。書評を読むとコロナ禍のことをテーマにした本で興味深いものだったので、取り寄せることにした。그녀들 중 한 명, 코로나 확진자가 됐다지난 주말 몸살로 열이 38도까지 치솟았다. 온몸을 난타하는 통증보다 정작 더 큰 공포는 ‘혹시 나도 코로m.hankookilbo.com

今まで韓国語の本は夫が韓国に行った時に買ってきてもらったり、チェッコリで注文したりしていたが、今回は教保文庫(韓国の本屋さん)でネット注文してみることに。

読んでみたい本が何冊かあって、まとめて注文しようとしたら、その中の数冊はebookでも読めるとの案内が。ebookなら送料がかからない。教保文庫はFedExを使っているのだが、1冊の送料が1,000円くらいかかってしまう。ebookなら送料分が浮くのでとても助かる。

今回私が注文したのは「우리가 우리를 우리라고 부를 때」

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韓国で明るみになった大規模なデジタル性犯罪、n番部屋事件。それを最初に警察に通報し、潜入取材を続けた女子大学生2人のルポルタージュだ。

決済するとすぐに書籍がダウンロードされ、読み始めることができた。電子書籍は字を大きくすることもできるし、わからない言葉にマーカーをつけることもできるのでとても便利だ。

紙の書籍が好きで、電子書籍はあまり使っていなかったのだけど、スマホでならいつでもどこでも読めるし、海外の本も送料気にせずすぐ読めるので、とてもいいなと思った。今年は電子書籍の割合が多くなるかもしれない。

砂漠の教室

「塩を食うおんなたち」「ブルースだってただの唄」と読み続けてきて、「水牛の本棚」に掲載されていた「砂漠の教室」を読んだ。

上記2冊の本も、心に残るところはたくさんあったのだけれど、「砂漠の教室」はそれ以上に、心に残った。藤本さんがこれを書いた年から43年がたった今でも、日本はあいかわらずそのままの日本で、異質のものはすべて同化させることを信条として成り立っているように見え、私自身も無頓着にその貧しさの中にいるような気がした。

藤本さんがイスラエルの地に降り立ち、ヘブライ語を学びながらいろいろな人に会い、町で暮らし、その暮らし方に驚いたり感心したりしながら過ごすさまを読むのは、私が台湾や韓国に降り立った時に感じたことに似ていて、初めて嘉義に降り立った時、ソウルに着いた時を思い出したり、自分もその地に降り立ったような気持ちになった。それで、あまりよく知らないイスラエルという異国の地の旅行記を楽しむように読んだ。

しかし読み進めていくうちに、アメリカ生まれのユダヤ人の夫とアメリカで暮らす藤本さんが、イスラエルの地に降り立つ意味が少しずつ見えてくる。イスラエルの成り立ち、聖書、ユダヤ人。アメリカとは異なる世界の広がりをどうとらえるか。

そして最後の「なぜヘブライ語だったのか」

「ユダヤ人を異族たらしめているのは、偏見でも差別でもなく、彼らの歴史と思想である。ユダヤ人とは彼らの負のアイデンティティのことをいうのではなく、正のそれをいうのである。ユダヤ人はかしこいとか、普遍的な兄弟愛がゆたかだとか、そんな真空的な評価を指すのではない。彼らがその異族性を歴史の文脈において支えてきた、そのプロセスそのものを指すのである。「離散」が彼らのアイデンティティではなく、「離散」における生の軌跡が、その創造が、彼らのアイデンティティである。
 そのことは、わたしたち日本人の他者に対する関係の結びかたと密接につながっている。アジアを凌辱することでしか関係をもつことのできなかったわたしたちが、アジアの民族がたどらされた負の歴史で彼らを計ることはあまりにも容易な罠としてある。朝鮮のことも、沖縄のことも、彼らの固有性を蹂躙された歴史がうんだひずみとして考えてしまうのだ。ふたたびあやまちを犯さぬためにといいつつ、他者をこちらの思弁の材料にしてしまう。差別がなくなれば、日本列島の在日朝鮮人問題はなくなり、すると朝鮮人もいなくなる、というようなサルトル流の奇怪な論理に乗って平気でいることのできる素質を、わたしたちは充分にそなえていると思うのだ。他者とのまじわりといえば同化しか思い浮かばない貧しさを、どこかでうち破りたいのだ。天皇を頂点としうるところの同族意識をひそませつつ在ることのできるわたしたちは、その延長として、没民族的な万国普遍のイデオロギーもらくらくと手にすることができる。いつまでたっても、わたしたちは他者にその正当なる顔を認めることを潔しとせず、わたしたちの具象の、抽象の両世界を、他者の見えない顔の上に塗りつけ重ねていることになる。
 ヨーロッパ文明と一まとめにして呼ばれているものの中に異族の確固たる、べつの流れがあることを認めたとき、わたしの中には、それまで西洋のものとして受け取ってきたさまざまな思想に、それぞれ正当な歴史の場を返してやらなければならない必要が生まれた。一度、じぶんが馴れ馴れしくしてきたものから身を引き離さなければならないと感じた。引き離すナイフはヘブライ語であると、わたしのあまり頼りにならない直観がいった。」

長すぎる引用になってしまったけれど、この章を読んだ時に、ハッとした。「塩を食う女たち」「ブルースだってただの唄」にも流れていたものが、ここにもある。そしてそれは日本にも、自分の身にも刺さってくることだった。

「わたしは、たとえば、朝鮮語を学ぶべきだと、頭では知っている。けれども、それはおそろしいことだ。学んだところで、いまのわたしになにができるのか。わたしたちのような歴史を背負うものが学びうるのか。学ぶことが、その言語を母国語とする相手を傷つけることにならないという保証があるのか。」

わたしは背景を知りながら、そのことには無頓着に日本で、台湾で、韓国で、直接法で(日本語だけで)日本語を教えた。台湾語も韓国語も習わないまま。それは無神経なことだった。そこで生活するうちに、家族となるうちに異なることを異なるまま愛する良さを知った。それを教えてくれたのは、韓国の家族であり、自分の夫であり、今の家族の暮らしだ。反面今の日本の変わらなさ、気づかなさに悲しくなることも多いし、どうしたらいいのかわからなくなることも多い。特に2018年あたりからのヘイト本、日本会議、DHCなどの言動には怒りも覚えたし、怖くなった。この流れは過去のアジアの国々に対してだけではない、女たちにも、福島にも、沖縄にも、海外からの留学生、技術研修生たちにも同じ仕打ちをしているように思う。

この本は「水牛の本棚」で公開されていて、読めるので、ぜひたくさんの人に読まれてほしい。砂漠の教室 砂漠の教室 Isuigyu.com

閉じながら開けている

2度目の緊急事態宣言が出されてから、お店を予約制にした。今まではお店は通りすがりの全ての人に開いていたのに、そのお店を閉じた。今はほぼ韓国語をオフラインで習いにきている人だけのためにお店を開けている状態になった。

都内の感染者数が1,000人、2,000人と増え、病院やホテルなどの隔離施設に入れず、自宅療養を余儀なくされた人たちが、そのまま亡くなるケースも起きている。

以前店を閉めた4月5月の非常事態宣言時よりも数倍大変なことが起きている。でも今回は飲食店に20時以降の営業自粛要請が出たくらいで、厳しい外出制限や営業自粛要請は出ていない。そんな中、私は商店街でお客さんを迎えていいのか、やめた方がいいのかわからなくなってしまった。

お店を開けていても、1日に数人しか入ってこないお店だし、開けていることで感染拡大する事なんてたぶんほとんどないだろうと思う。でも、「ぜひ、来てください~。入ってゆっくり見ていってください。」と、今はどうしても言えない。そんなモヤモヤする中でお店を開けたり閉めたりするなら、閉めてしまおうと思った。

うちには小中学生がいて、毎日ご飯を作りに行っている、歩いて5分の所にある実家には80代の高齢者がいる。マール実店舗は実家の一部を借りてやっている。私たち夫婦は50代だ。

マスクや手洗いアルコール消毒だけで感染を防げるのか?基礎疾患がなければ重症化しないのか?わたしに本当のところはわからない。

幸いにも、うちのメインの収入はネットショップなので、のんきにこんなことが言っていられるが、自粛してください。でもお金は出ません。と言われているたくさんのお店は本当に大変だと思う。政治は暮らしに直結している。(次回の選挙はたくさんの人がよ~く考えて選挙に行ってくれたらと思う。1回でいいから国会を見たら、どこの政党が国民のことを考えてくれそうか、わかると思う。)

もともとマールの実店舗は、うちの商品を手に取ってくださるお客さんに直接会ってみたい!と思ったところから始まった。そして、絵本を置いて、本を置いて、読書会やお話し会をして、手渡しで本を、商品を伝えることがしたいと思って始めた。

本当はこんな時、ひっそりとでもお店が開いていたら喜ばれるのかもしれない。時々でもお店を開けて、ふらりと入ってくださるお客さんと接することが、大事なのかもしれない。そうも考えたのだけれど、ほとんど人の通らない中で何時間もお店にいつづけるのもつらくなってしまった。

高齢者である両親と住まいを分けたことで、今も学校に通い、電車に乗ってサッカーの練習に行っている子どもたちから両親に感染するかもしれないという心配はなくなった。

でも、デイケア施設がクラスターになったら、行き渋る父をデイケアに行かせ、一緒に母もとスケジュールを組んだ私はとても後悔するだろう。そこは今もモヤモヤしている。やっと朝起きて朝ご飯を食べ、出かけて人と会い、ビールは夜だけという習慣ができてきたところだけど、しばらくデイケアをお休みした方がいいのか、いつも頭がぐるぐるしている。

何万人、何十万人のうちの1,000人かもしれない。そしてそのうち亡くなったのは数十人だとしたら、コロナで亡くなるのは少ない確率なのかもしれない。それでも、この伝染病で命を落としている方はいるし、感染は拡大している。

お店を閉めて、その代わりに書いている。本のこと、暮らしのこと、気になったこと、好きなもの、こと。いろいろ。自分に向けてなのか、通りすがりのお客さんに向けてなのか、よくわからなくなっているけれど、今は書くことで自分が歩いているような気がしている。

ひょんなことから、noteに書き綴ることをまた始めたのだけど、今はそれがわたしのケアになり、歩みになっている。

HAPPY BIRTHDAY

1月26日は次男15歳の誕生日だった。ケーキのろうそくも、ハッピーバースデーの歌も、もう恥ずかしそうで。プレゼントもまだ欲しいものが決まらないと。誕生日ケーキにわくわくして、プレゼントに目をキラキラさせていた少年は、思春期男子に成長した。

来年の誕生日は東京にいないから、一緒に祝えないんだなと思ってさびしくなる。再来年もその次も…。高校を卒業して家に帰ってきて、またホールケーキにろうそくをつけたら、彼は付き合ってくれるだろうか。

夢も希望もある15歳。応援してる。楽しんで(^^)

じいじの春

母が恥骨と大腿骨を続けて骨折し、2度も長期入院をしたのが3年ほど前。骨粗鬆症が進んだことで、骨折しやすくなっていたことがわかり、今は月1で骨を強くなる注射をすることに。それからは1度も骨折していない。(骨粗鬆症ってコワい…)

母は専業主婦だったので、家のすべてを取り仕切っていて、父は料理も掃除も一切したことがなかった。母の足が悪くなってからは買い物は父がしていたけれど、それも母指定のものを買ってくるだけ。お酒ももちろん朝から飲むことなどはNG🙅‍♀️だった。

それが母入院で変わった。その頃からわたしたちも一緒に住み始めたので、掃除や洗濯はわたしたちがやり、食事は一緒のものを食べたり、好きなものを買ってきたり、レストランで食べたりしていた。

そのあたりから、わたしたちが仕事をしている間にちゃちゃっとビールを買ってきて、昼から飲むようになり、夜ももちろん飲み、朝起きられなくなり…。母が退院してきても、それは変わらずだんだんひどくなっていった。

母が入院し、好きなものを好きなだけ、時間も気にせず飲めるようになり、朝から起きなくてもよくなり、もしかしたら最初は自由を満喫していたのかもしれない。母は認知症もあるからかどんどんこだわりが強くなり、買い物する前によくケンカしていたし。あれがじいじの春だったのかもしれない。

そんなふうにも思っていたのだけれど、父はその後どんどん起きられなくなり、夜中出かけようとしたり、おかしな言動が多くなっていき、ビールを買って帰る途中で転んだり、飲んで帰る途中で転んだりして、見知らぬやさしい人がじいじの携帯から電話をくれて迎えにいったりということが続いた。そしてそんなある日、わたしは怒って飲みかけのビールを父の目の前で捨てた。つかみかかろうとした父の手を押さえると全然力がなくて、なんだかとても小さく、簡単に父の手を降ろすことができた。その時「さびしいんだよ。楽しみがこれしかないんだよ。」と父は言った。

そうか、父はさびしかったんだな…と思ったけれど、そのさびしさは自分で乗り越えてくれと思って、寄り添うことはしなかった。母にも「あなたもこの歳になればわかるわよ。どんなにつらいか。」と嘆かれたことがあったが、その時も寄り添うことなく、自分で楽しみを見つけて乗り越えてくれと思った。一軒家があって、夫も娘家族もいて、孫もいる。充分じゃないのか?と思うわたしは冷たいのか?とも思ったけれど、そのさみしさはわたしが80歳を超えたらわかるのかもしれない。

つい最近、だいぶ落ち着いた父がケアワーカーさんと話している時「歳をとるって…こんなもんかと思いましたよ。こんなもんかって…。」とつぶやいていたのが印象に残っている。本人はそんなことを言ったことも、ケアワーカーさんに会ったことも、もう覚えていないけれど。

子ども時代は戦争で、集団疎開で死ぬ思いをして、成人してからはずっとサラリーマンで働いて、定年してのんびりできたと思ったら他にすることがなくて、あっという間に80歳を超えていて、気がつけばお酒と認知症で、その上おばちゃんになったコワい娘ににらまれ、ビールを取り上げられている…。

ちょこちょこと楽しいこともあっただろうけれど、会社と家庭にコントロールされて、今はまたデイケアにコントロールされている父を見ると、ほんのちょっとだけ悲しくなる。好きに自由に暮らせる時はあったのかなと。

好きに自由に暮らすって、自分で自分をコントロールすることだから、意外に1番技術が要ることなのかもしれない。自分の機嫌と体調管理を自分の手で行い、人生をつくることだから。

父をデイケアに送った後、ふとそんなことを考えてしまった。

ブルースだってただの唄 感想2

ブルースだってただの唄1 の続き。なかなかまとめて書けず、2日に渡って書くことに。

黒人たちが最初にアメリカ大陸に渡ってきた20人の黒人は奴隷ではなかった。けれど白人たちは「けったいな人たちだな。自分たちとだいぶ違うんだな」と思っただけでは済まず、その違いを蔑んで、彼らを奴隷にした。彼らの世界ではなく、アメリカ社会に同化すること、同化する=成功することだと教育した。

「この社会で、この社会のルールによって成功することが、歴史の迷い子になることを意味するなら、そんな成功に価値があるかどうか。」

「大学を卒業して、就職して、わあ、これでわたしも成功者だと考えたりしたけれど、ちっともいい気持ちになれなかった。この数年、生活の質ということを考えている。質は同化の中にはないと思う。主流社会のよろこびそうなことが大切なのか、自分が全面的に自分であることが大切なのか?同化の中に答えはないと思うのよ。」

これは、日本に暮らすアイヌや沖縄、在日コリアンの人たちに重なる部分があるようにも思う。

そして女性たちにも。男たちのルールによって成功しても、そこで生きても、彼女たちは言葉を持てない。「わたしの中の牢獄を追い出す」ことができない。

どうすればいいのか。「ブルースだってただの唄」嘆いても仕方ない。自分の歴史を自分の言葉で、そのまま語ればよい。「わたしたちはわたしたち自身のもので違う唄だってうたえる。ちがう唄うたってよみがえる」

100歳以上も生きた女性の聞き書きに「父は強い人でなかったので死んでしまいました」とある。あまりにもあっさりと書いてあって、その分とても印象に残ったのだけど、父は生き延びることができず、そしてその女性を含めた子どもたちは祖母が引き取って育てられた。

「フードストリート」を見ている時もつくづく思ったが、屋台を切り盛りしながら子どもを育てているのは、ほとんど女性たちだった。

その強さの源を語る言葉を持たないが、生き延びて、いのちをつなげていく中で培われているものが、彼女たちにはある。きっとわたしにもあるはず。

そう思って、少し心強くなった本だった。斎藤真理子さんの解説がまたすばらしかった。

この記事も良かった。斎藤真理子×八巻美恵 『ブルースだってただの唄』を今読む意味翻訳家・斎藤真理子と編集者・八巻美恵が対談。藤本和子の1980年代の名著が復刊www.cinra.net

ブルースだってただの唄 感想1

今日は朝から雨で寒かったけれど、近所のお母さんたちと月1でやるKPOP韓国語の日で、マスク越しだけれど、歌詞を見ながら好きな曲を聴いたり、教科書を読んだり、推しの話をしたりしながら楽しく過ごし、午後は娘の作品が美術館で学校の作品展示されていたので、それを見に行き、うちに帰ってからは本を読んで過ごした。

こんな風に休みの日を過ごすのがとても好きだ。雨の音を聞きながら、暖かい部屋で本を読む。なかなかまとまってその時間がとれなかったのだけど、今日の午後はゆっくりできて、この本も読み終えることができた。

「塩を食う女たち」を読んだ後からずっと読みたかった本。1980年頃、黒人の女性たちがどのように生きていたか、名翻訳者でもある藤本和子さんの北アメリカの黒人女性への聞き書きをまとめた本の第2弾。

前回は広範囲に渡っての聞き書きだったけれど、今回は「女たちの家」と呼ばれる町の中にある刑務所で臨床心理士として働く女性と、その刑務所にいる女性たちから聞き書きをしたものがメインだ。

読み終わって1番印象に残ったのは特別収録された一編「十三のとき、帽子だけ持って家を出たMの話」だった。

私が結婚前、母に今の夫の話を切り出した時、母は「黒人と韓国人だけはダメ」と泣いて反対した。私はどうしてもそれがピンと来なかった。私は平和や共生を謳う私立の学校に幼稚園から高校まで通っており、母もその学校の教育を気に入っていたから。

逆に夫の両親も最初は反対だったようだが、その後はあっさりと「日本人の嫁」を受け入れてくれた。特別収録された一編は、その受け入れた「日本人の嫁」を見る視点になんだか似ていたから、最後にとても親しみを持って読んでしまった。

掃除の仕事をしている家(おそらく白人)の息子が日本人と結婚していて、時折うちに寄る。朝起きるのが遅く、朝はボーッとしているがどうやら本を書く人らしい。うちらの話を聞きたいと言って、それを本にした。今回はその本を読んだ日本人も一緒に来て一緒に話を聞いている。このうちの主の息子は来る度いつも顔を真っ赤にして走っている。健康のためだというけど、そこまでしてやる必要あるのか?みたいな部分が、とても好き。

そこには、けったいだなとか、へんなの…と思いながらも異種なものをそのまま受け止めている視線があるだけ。それがいい。

2につづく。https://note.com/embed/notes/n8845c48e8c78

歌のうまさ

昨日韓国語のクラスをやっている時に、ふと「〇〇は歌がうまいとは思わない」と口にした。言ってしまった後で、あれはどういうつもりで言ったんだ⁈と自分にツッコミを入れたのだけど、歌がうまいとは、本当に何を指すのだろう。

KPOP界でわたしがいちばん歌がうまいと思うひとはジョンヒョンくんなのだが、動画を見ると声がうまく出ていなかったりしている時もある。それでも歌がうまいなぁ…と思うのは、たぶんどれもみなジョンヒョンくんの歌になっているからだ。

ジョンヒョンは作詞作曲もするし、他の人の書いた楽曲も歌う。SHINeeとしてもソロ活動もしていた。私がこの人は歌がうまいなぁとしみじみ思うのは、彼が書いた歌のことが多い。歌に彼の感情が入っていて、聴いていてスッと心の中に入ってくる。曲もいい。

今日は1日雨で寒かったからか、ジョンヒョンくんの歌がとても聴きたくなり、そんなことを考えた。今晩は彼のラジオ番組もまた聴きたくなった。https://www.youtube.com/embed/wGP-gfCWXYI?rel=0https://www.youtube.com/embed/FwbJlTo7LZo?rel=0https://www.youtube.com/embed/v9ea5VDQfXg?rel=0

ジョンヒョンが作詞作曲した楽曲。心に沁みます。