共犯者たち

逃亡犯条例改正への抗議で続いていた香港国際空港のデモは一旦撤収して、通常運行になったようです。

日本のニュースではお盆休みで旅行に行く予定が、飛行機が飛ばずに困っている人たちが映し出されていました。

その映像を見ながら、映画の中で「本当はデモがいいとは思っていない。でも、もう他に方法がないんだ。」と話していた記者のことを思い出していました。

その映画は「共犯者たち」

これもポレポレ東中野の「政治映画はサスペンスである」の特集で上映されていた映画です。

これは韓国の公共放送KBSと公営放送MBCが、一時は政権の圧力に屈しながらも、抵抗し続け、そのすべてをカメラで追い続けたドキュメンタリー映画です。

KBSの鄭元社長が、「盧武鉉大統領は在任中1度も電話をかけてこなかった」と話すシーンから映画は始まります。盧武鉉政権時代は政府からの圧力がなく、政府を批判する番組も放映され、時事番組も増えた黄金期でした。ただそれはそこで働くジャーナリストが闘って勝ち取ったことではなかった。元KBS記者の金京来さんはこう振り返っています。

盧武鉉政権から李明博へと政権が交代。するとKBSの社長は大統領の息のかかった天下り社長に交代。時事番組が廃止され、番組に関わっていたPDたちは次々に解雇、政府が不快に思う出演者もブラックリストに載せられて、番組から降板させられて行きます。そしてそれはMBCにも及び、同じように社長が交代させられ、それに抵抗し、ストライキを起こしたPDたちは解雇、懲戒処分を受けます。

その一部始終をカメラは追っていきます。この映画を作った崔承浩監督は、解雇されたMBC PDの1人でした。

質問しようとした瞬間にものすごい勢いで逃げる、解雇の理由を聞くと「放送の未来を壊さないでくれ」とそればかり繰り返す「共犯者たち」

MBC、KBSのストライキは170日間など長期に渡るものもあり、社内のたくさんの人が声をあげる中、そこには私が韓国にいた時好きだったユンドヒョンバンドも参加していたり、このままではいけないという人々の熱気で、すぐに体制はひっくり返るようにもみえたのですが、そんなこともなく。ユンドヒョンも干され、テレビから遠ざかります。

職を追われ、管轄のスケートリンクで仕事をする元 PDや、病に倒れる人もいる中、それでもカメラを回し続け、政権は李明博から朴槿恵大統領へ。

政権が変わっても、押さえ込まれたメディアの構造は変わりません。権力を前に押し黙ってしまったテレビ局は、セウォル号沈没事故で、現場の声を無視し、政府からの情報だけを鵜呑みにし、「全員救助」の大誤報を流します。

その後朴槿恵の親友で民間人の崔順実が国政に介入した「国家の私物化」事件、崔順実ゲート事件が発覚し、100万人規模のろうそく革命、ろうそくの灯りを灯した市民たちのデモが起こり、朴槿恵政権は倒れ、文在寅政権に変わります。

そんな中、回し続けたフィルムは映画となり、企業広告を取らず後援会員からの会費で運営される「ニュース打破」で制作、公開され、26万人を動員、ドキュメンタリー映画としては異例のヒットとなり大反響を呼びました。

この映画を観て、鳥肌がたったところが2つ。

ひとつはMBCの社屋で1人、誰もいない中「金張謙(社長)は出て行け!」と叫ぶ姿をスマホで自撮りし、SNSにUPした金敏植 PD。

笑顔で元気よく叫ぶ姿とは裏腹に、「奥さんに「これを続けて、誰もそれにのらなかったら、あなただけが変な人になるだけ。」そう心配された」と力なく話す姿もカメラに収められています。誰でもそれが自分の中の正論であったとしても、1人で声をあげるのは怖くて不安です。

しかしカメラはその先、声をあげた金敏植 PDに呼応して、1階のロビーで何十人もの人たちが自撮りライブを始めるシーンに変わります。

特別な演出も音楽もない、そんなものは必要なくただ現実にこういうことはちゃんとあるんだ。それを見ただけで鳥肌が立ちました。

もうひとつは映画には描かれていない、この映画のその後。

解雇されても、逃げられても、ずっとカメラを回し続け、大統領にも突撃取材して、「記者が質問できなくなれば国が滅ぶ」「ジャーナリズムをダメにした破壊者だという批判をどう思いますか」と質問を浴びせた崔監督。

今はMBCの社長になっています。

朴槿恵政権が倒れ、KBS、MBCがそれぞれ142日間、71日間ストライキをした後、両社の社長は解任され、MBCでは不当解雇された記者6名が復帰、崔承浩社長が就任しました。

この映画には仮名やモザイクでの出演はほとんどありません。その上でおかしいことはおかしいと言う。うやむやにされそうなことを明らかにする。声をあげる。

韓国はデモの多い国で、日本では何かというと反日デモが取り上げられますが、他のことでもよくデモをしています。まず声をあげる。私たちが政権を監視して正さなければ。そう思っているのだなと思います。

ふと日本はどうかなと思った時、デモはあまりないように思います。では日本の政治に問題はなく、みな満足しているのかといったらそうでもないし、メディアが権力に屈せず、政府の腐敗や問題、課題を明らかにしているかといったら、そんなこともない。

でもみなあまり声をあげない。

この違いは何なのか。

教育なのか?

ジャーナリズムが、市民が闘って勝ち取った経験があるかないかの違いなのか、

政治に、政府に痛めつけられた経験があるかないかの違いなのか…。

私自身、今の日本に声をあげることがあるのか、

なぜそれについてすぐ答えられないのか、

いろいろあるけど満足しているからなのか、

声をあげるのが怖いのか…。

映画を観た後は、とても爽快だったのですが、ふと今の日本と自分の問題として見た時、その爽快さはなく。

それでも、自分のいる場所で「?」をずっと持ち続けて、考え続けていきたいとそう思えた映画でした。

ポレポレ東中野で18日(日)15時から観られます。

このポレポレ東中野の

政治映画はサスペンスである特集上映

ラインナップもすごいなと思うのですが、パンフレットにある文もよかったです。

政治に関しては正しくわかろうとするあまり、何も言えなくなっちゃったり、いろいろ読んでいるうちに何が正解かわからなくなったりすることが多い気がします。

真実を知ろうとしても、見方によって真実も事実もコロコロ変わってしまう。

それは料理の味だって、服のセンスだって、芸術作品だってみんなそんなもんだし、政治や歴史だって大して変わらない。

なのに、政治や歴史についてはたった1つの正解を自分の意見としなきゃならないような、そんな強迫観念がどこかにあって。

でもサスペンスドラマを見るように、あーだこーだいいながらこうした映画を観るのもおもしろいのではないかと。

「天気の子」を観て語るように、「主戦場」や「共犯者たち」を観て語れたらと。

どれもとても好きな映画で、今年の夏は好きな映画をスクリーンで観ることができていい夏休みでした。

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